ご案内
「美人」とは、そもそも一体誰なのか私が会った息をのむ美人息をのむいい男を見かけて、その姿が頭から離れないなんてことは、ありそうでいて、あまりない。
ところが、息をのんだ相手が女性だと、これがなかなか脳裏から離れない。
何年間も覚えていたりする。
私だって、古くは二十年も前に見た"息をのむ美人″の姿を、こわいけれど今もハッキリ覚えている。
丸ノ内線の電車の中で見かけたその人は、肩につくかつかないかぐらいのボブを軽く内巻きにし、透明な色白の肌をしていた。
長身でスカートはヒザ丈、上品な中ヒールをはいていた。
少しも派手ではないのにものすごく目立っていた。
まだ"大人のオシャレ″はこれからという年頃だった私は、そうか、目指すはアレなんだと心に誓ったのを覚えている。
"あら、キレイな人″くらいなら、しょっちゅう出会うが、忘れてしまう。
二十年も忘れないクラスになると、せいぜい1年に1人、いや、数年出くわさない時期もある。
従って、私にとっての"息をのむ美人″は、その最初の人から数えて、二十年間にざっと十人ほど。
銀座にあるホテルのラウンジ。
人と待ち合わせをしていたから、その入り口に人が立ったびになんとな-視線を向けていた私は、ある瞬間ビクッとした。
ブルーグリーンのソフトスーツとともに目に飛びこんできたのは、いわゆる目の覚めるような美人。
今まさに美容室から出てきたみたいにキレイにプロウされた髪も目をひいたが、何年も日を浴びていないような抜けるように白い肌。
『世の中にはキレイな人がいるものなんだ』と、息をのむ時に決まって頭の中をよぎるフレーズが、今度もまた、すーっとよぎっていく。
その人は、風のように私の前を通りすぎ、すぐ後ろの席に、「お待たせしました」と腰かけた。
先ほどから、私同様、"人待ち顔″だったのは、白髪混じりの派手めな紳士。
ピンときた。
その絶世の美女は、いわゆる"銀座におつとめ″の女性で、その待ち合わせは世に言う"同伴出勤″に違いなかった。
私は以前に、知人の男性から「社会見学しよう」と言われ、銀座の超高級クラブに連れていってもらったのを思い出す。
思ったよりも明るめの店内は、意外に清潔な雰囲気だったが、もっとはるかに思いがけなかったのは、その店の女性たちの美しさだった。
それまでの人生で、そこまで息をのみ続ける経験はなかったと思う。
何しろ、¢ァのみ″クラスの美女が、そこで束になっていた上に、なんとまあ驚いたことに、彼女たちは目を疑うほどの$エ潔感″に満ちていたのだから。
<}マ″と呼ばれる女性が、自分の席に座った時は、本当に呼吸困難におちいった。
三十代後半か、もっと上。
でもこういう女性はだいたい年より上に見えるから、三十代そこそこなのかもしれない。
"きもの″がまるで博多人形のようにつるんと着られ、肌は博多人形以上にキメ細かく、そして透明だった。
そこまでキレイな肌を見たのはもちろんはじめてで、人間の肌がそこまで"清潔″なものだということも生まれてはじめて知ったのだった。
その美しさは、"女優さん″などよりははるかに非現実的であったし、きもののそでをさり気なくつまんでお酒の世話をする、流れるような身のこなしは、ほとんど感動的であった。
『世の中にはキレイな人がいるものなんだ』私はこの晩、その店を出る瞬間まで、ずっとそうつぶやきつづけていたように思う。
その時、突然気づいてしまう。
私が過去二十年の間に見た"息をのむ美人″十人--その半数以上が、いわゆるクラブのホステスだったかもしれないことに。
そうそう、あの$ウ体不明″の丸ノ内線の美人だって、それ以外の街で見かけた息のみ美人だって、ひょっとしたら同じホステスという職種の女性だったかもしれない。
いや、きっとそうに違いない。
イメージの中の"クラブ・ホステス″は、もちろん美しいことはわかっていたが、それはあくまで男用の美しさで、相手が女だとほとんど効力をもたないはずと勝手に思いこんでいた。
しかしそれは結局、女たちの希望的観測にすぎない。
彼女たちも、キレイであることがひとつの義務で、それを全うする責任感は、OLが一応の義務感で品行方正であろうとする百倍もすごい。
お金を稼ぐ美しさはやはり並大抵なものではな-、人によっては、この世のものとも思えない美しさになってしまうのだ。
ホテルのラウンジで後ろにいた%ッ伴カップル″は、こんな話をしていた。
「相変わらずキレイだね」「ありがと」私はちょっとドキドキした。
彼女は昼間の何時聞かをかけて、キレイをこの世のものではないほどに磨きあげ、「キレイだね」と言われるその瞬間を待っていたのだ。
来た来た--と思っても、返事はあくまで素っ気ない。
そう言われることが、職務遂行の証なのだから、素っ気なくて当たりまえ。
これを毎日何度も言われているから、彼女はさらにキレイになる。
まあ、それにしてもそのそよ風のような透明な美しさは何なのか?--と私は、さらに想像をした。
この道に足を踏みこんだ時、彼女はひょっとして、一般の女性が考えるように、「夜のお仕事はでっきるだけ派手でなきゃあ」と、ただひたすら飾りたて、いわゆる男用の″ "夜用の″美しさだけを身につけていたかもしれない。
でも、意外なことに受けがよくない。
まだ、"しゃべり"じゃ半人前、ともかく私の存在価値は、毎日「キレイだね」と言われること。
それで必死に「キレイだね」と言われる術をさがしたら思いがけなく%ァ明で清潔な美しさ″にたどり着いてしまったのではなかったか。
一流のホステスの誇りにかけて、今度はどんどん透明になるように努力する。
すると、見とれてくれなくてもいい私のような同性からも見とれられてしまう。
もう面自くてたまらない--彼女には、そんなふうに、自分の美しさをもてあそんでいるようなゆとりすら感じられた。
こういう女性には、ぜったい勝てない。
体をはった入魂の美しさには、たとえそれが商売用であろうと、オーラはしっかり宿るのである。
昼間の職業で、あわよくば「カワイイ」なんて言われちゃおうと思っているようなレベルの女には、勝てる道理がないのである。
七十代の強烈な気品″さて、あと数名残っている私にとっての¢ァをのむ美人″は誰であったかを言うと、じっはすべて、§V婦人″と言っていいお年の女性だった。
$フはさぞかしお美しかっただろうに--″という表現があるけれど、彼女たちにそれは当てはまらない。
今が、ものすごいのである。
その中のひとりは、あるレストランで斜め向かいに座っていた。
私は自分のオーダーがいつまでたっても決まらないほどに、その人に気をとられていた。
黒のスーツに、千鳥格子のスカーフ、白髪の髪は一糸乱れぬ正確さでアップヘアにされ、耳にはパールのイヤリング。
でも、こうやって活字にしてしまうと、八十歳近いかもしれない婦人のスタイルにしては、地味すぎると思うだろう。
なのに、その人はパアッと花が咲いたように、派手なのだった。
強烈な気品--彼女を派手に見せているのは、これではないかと私は気づく。
女が≠ィ上品ぶれる″のなんて、せいぜい四十代か五十代まで。
六十代を過ぎたら、疲れちゃって、上品ぶりっこなんてつづ-もんじゃないと思う。
それが、七十すぎてもここまで°C品″の固まりでいられるのは、体のすみずみまで、細胞のひとつひとつまでが、上品なのに違いない。
そして、ここまで気品を積みあげてくると、人はどんどん透き通っていくものらしい。
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